2008年9月30日火曜日

JODY

我がベアトリーチェにして要塞の奥深くのマチルダ。

オフィーリア再び、けれどごく静かに浮上。飼っていたペットが亡くなったという。しっとりとして胸にストンと沁みいってくる文章だ。彼女の書くものには明るいときも沈んだときもほとんど無駄というものがない。

だまされてるんだとしてもかまわない。たまらなく愛しい。今はいっそ死ぬまでだましつづけてほしいと願う。

世情

中島みゆきの「世情」の歌詞を世の人々はどのように捉えているのだろうか。ちょっと検索してみた。

やっぱり「包帯のような嘘」という一節の解釈がオレとはちがうなぁ。ここ(なんか古文の参考書みたいで笑える)とかここ(真面目そうなので好感はもてるが)とか。

その前の「臆病な猫」をどう解釈するかにもよるんだろうけど。

包帯のような嘘ってんだから、いわゆる真っ赤なウソとは対極にあるもんなんじゃないのか。

そんな嘘でもつかないことには、生きていくうえでの辛さ苦しさ悲しさを乗り越えていけない、そういう類の嘘のことだろうよ。

つまり『生きていてもいいですか』の「エレーン」が口にするような嘘。

じゃなきゃ「包帯」という言葉は意味ないよね?

で、その「包帯のような嘘を見破ることで/学者は世間を見たような気になる」と続くわけだけど、これはつまりあれだ。

包帯のように、そもそも「見破る」必要もないほどに、見るからに明らかで痛々しい嘘に対して、したり顔で「それって嘘だよね」などと口に出して指摘するような無粋なことはすんじゃねぇよ、ということだと思う。

だからここでの「学者」は職業とかとは全然関係なくて、何もかも言葉にしてしまう無神経な輩すべてを指しているのだと思う。ま、その中にはオレみたいなのも含まれるのかもしれないが。

あと、順番が前後するが「包帯のような嘘」は「他愛のない嘘」とも歌われてる。この「他愛のない」も侮蔑のニュアンスで捉える人が多そうだけど、それもちがうような気がするな。

むしろ「誰しもそういう嘘に頼らずにはいられないときがある」「だからあなたは自分が嘘をついてることで負い目を感じたりする必要はない」という赦しのニュアンスだと思う。

2008年9月29日月曜日

聖俗の反転のために

穢れなきものかどうかは穢されてみないかぎりわからないのだと思う。穢されてみて初めて穢れなきものかどうかがわかる。

きれいはきたない、きたないはきれい。

というのはこのことだったのではないかと、途轍もないまわりみちの途上でふと気づく。

梨を剥く

オフィーリア再び潜航中か。食事も喉を通らない。梨1個でお腹いっぱい。でも美味いことは美味い。

そういや土曜の夜8時ごろ、新宿でそっくりな子を見かけたんだった。西口ハルクの脇をガード下まで降りてきたあたりで、カラオケだか風俗店だかのチラシか何かを配っていた。

ふだんそんな子とは目を合わせない、顔を見ようとも思わないのだが、なぜかそのときは不思議なことにスッと視線が向いた。もっとも、この9月に入ってからというもの、電車に乗ってもそこにいるだけの女性の容姿はざっとチェックするような癖がついてしまっている。こんなのは12歳とか13歳のとき以来だ。

他の子とおそろいの白いふわふわした服を着ていた。同一人物にしては背が高すぎるような気もしたが、あの手のバイトをやってても不思議ではなかったりするので迷ってしまう。

すれちがいながらずっと見てたかもしれない。それに気づいてなのだろうか、前方にスマイルを向けつつしきりに瞬きを繰り返していた。ま、他の通行人も見惚れてたにちがいないのでそのせいだろうけど。綺麗な眼だったな。いつかまた遭遇したいものだ。

2008年9月28日日曜日

劣情

ふだん辞書をひかないので「劣情」という言葉の意味がいまだにわかっていない。よく婦女暴行事件の裁判などで「被告は劣情に駆られて被害者に襲いかかり」などと言われる場合の「劣情」である。

いちおう次のいずれかなのだろうと考えている。

  • 理性的たるべき人間としてあるまじき情動。通常の人間がもつ感情よりも劣っている情動。
  • 醜い自分の遠く及びもつかない美しさ気高さに対して汚してしまいたい壊したいと思う情動。

襲う男をA、襲われる女をB、それとは別にA以外の人間をすべてひっくるめてCとすると、前者はA対Cの問題、後者はA対Bの問題ということか。とりあえずまだどちらかわからない状態にしておこうと思う。

2008年9月27日土曜日

わかりません

asahi.com(朝日新聞社)9/25付の記事「野田秀樹、英語で描く現代能」の中で野田秀樹曰く、

「一義的にならないのが演劇の面白さ。わかりやすいことが大好きな国になってしまった日本で、どう受けとめられるか楽しみ」

同9/26付の記事「わからないのが面白い 60歳目前の柄本明 自在に活躍」の中で柄本明曰く、

「とにかくわからないのが面白い。(中略)逆に最近、映画でも本でもわかるものが多いじゃないですか。あれって、悪い意味で何が面白いのかわからない」

なんだこれは。斯界の大物がまるで口裏を合わせたように同じような警鐘を発している。

そもそも「わかりやすいもの」が人口に膾炙するのは何も今に始まったことでもないだろうに、彼らほどの人物があからさまに口にしてまで指摘しなければならないほど事態は深刻なのだろうか。

あるいはまたメディア側がこの手の発言をほしがっていて彼らを巧みに誘導したのだとも考えられるが、そうだとすればそれはそれでまたわかりやすすぎる構図だ。

コアラのマーチ

asahi.comの記事「ロッテの中国産菓子からメラミン マカオ政府が発表」によれば、ロッテ「コアラのマーチ」の中国での商品名は「楽天小熊餅」というらしい。

「ロッテ」に漢字をあてたら「楽天」になったのだろうが、日本のパ・リーグの試合は中国ではどうやって報道してるんだろ?